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サステナブルシステム(SS)研究本部

SS研究コラム
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第6回

地球温暖化を考える (3) 海洋の役割

2016/09

日本列島で猛暑が続く頃、最高気温の観測記録がしばしば話題になる。「日本一暑い町」といった極端に高温となる地点は、風向きなどにもよるが、海岸から離れた内陸部に位置していることが多い。海洋は地表の温度変化を和らげるはたらきがあり、このことは経験的にも良く分かる。海洋による温度調節は、一日や一年を通した変化だけでなく、数十年から数百年におよぶ地球温暖化の場合にも機能する。

大気・海洋環境領域
副研究参事

筒井 純一

二酸化炭素(CO2)の大気中濃度が増加して、地表が受け取る熱が増えると、その熱の一部は海洋にも吸収される。その結果、地表の温度上昇は、海洋の熱吸収がない場合と比べて小さくなる。海洋の熱容量は非常に大きい上(水深3 mほどで大気全体の熱容量に匹敵)、海洋の深部に熱がゆきわたるまでに、かなりの時間を要する。このため、温度上昇は、正味の熱吸収がなくなる平衡状態に達するまで、増加したCO2濃度に対応する水準より、いくらか低い値が続くことになる。

例として、大気中のCO2濃度が毎年1%ずつ増加して、2倍に達する70年目で一定になる場合を考えてみる。簡単な気候モデルで計算すると、図1に示す結果が得られる。世界平均の温度上昇は、濃度が増加している間は、平衡時の6割程度、濃度が一定となった後は、平衡時の値に向かって緩やかに増加している。このように、海洋には温度上昇を遅らせるはたらきがあることが分かる。この仕組みは、一方で、温度上昇を止めるのを難しくすることにもつながる。

なお、このCO2濃度変化の設定で、70年目の温度上昇と、最終的に見込まれる温度上昇は、気候感度と呼ばれる温度の上がりやすさを表す指標に使われる。

海洋には、もう一つ、大気中のCO2濃度を調節する役割もある。調節の結果は、その調節が生じる原因によって異なり、濃度の変化を拡大することもあれば、抑制することもある(注)。化石燃料の燃焼等によって大気中にCO2が排出される場合は、基本的に後者となる。

注) 温度変化を拡大する例として以下がある:海水のCO2溶解度は水温が高くなるにつれて減少する。このため、何らかの原因で水温が高くなると、海洋から大気にCO2が放出される。この結果、大気の温室効果が強まってさらに水温が高くなり、海洋から放出されるCO2もさらに増える。この場合は、海洋の調節が、大気CO2濃度の変化を拡大する方向にはたらく。以下で述べる計算では、この仕組みを考慮しており、海洋のCO2吸収量は、溶解度の変化がない場合と比べて少なくなっている。地球上の様々な現象の中には、他にも変化を拡大・抑制する仕組みがあり、気候予測を難しくする不確実要因となる。

図1 世界平均の温度上昇を簡略化された気候モデルで計算した結果
大気CO2濃度を毎年1%増加させ、2倍に達した70年目で一定とする場合。

元々、大気と海洋の間では、多くのCO2がやりとりされている。自然の状態では、その交換量が世界全体で平衡しているために、大気側と海洋側に蓄積されるCO2(海洋中では様々な無機炭素や有機炭素の形態)が、平均的にみて一定に保たれる。この状態で大気側のCO2が増えると、大気から海洋に向かうCO2が多くなり、増加したCO2の一部が海洋に吸収される形で新しい平衡に移っていく。つまり、人間活動に伴う大気中のCO2濃度の増加は、海洋のはたらきで、ある程度抑制されているのである。

これも簡単なモデルで計算してみよう。詳細は割愛するが、モデルには、海水温とともにCO2の溶解度が変化する仕組みや、海洋のCO2吸収の他に、植物の光合成が活発になって、陸域の生態系に蓄積される炭素が増加する効果なども含めている。ここでは、世界全体のCO2排出量(化石燃料の燃焼と土地利用の変化に由来する排出量の合計)を毎年0.2 GtCずつ増やしていき、累計で1000 GtCに達する100年目にゼロにする場合を見てみる。1000 GtCというのは、現在の排出量の100年分程度、あるいは産業革命前からの排出量の1.7倍程度に相当する。

結果は図2のようになる。排出されたCO2は、大気、海洋、および陸域に分かれて蓄積され、その割合が時間とともに変化する。排出が続いている間は、大気が約半分、海洋と陸域が残りの半分ずつくらいを占める。大気の割合は、排出が止まると低下し、300年目には約1/4になる。この間の低下量は、濃度に換算すると約110 ppmである。大気の低下分は海洋と陸域の増加分に対応する。陸域の割合は途中で頭打ち傾向であるが、海洋の方は一貫して増えている。熱の吸収と同様に時間がかかるものの、海洋のCO2吸収は大いに期待できることが分かる。

図2 海洋と陸域生態系のCO2吸収を簡略化された気候モデルで計算した結果
世界全体のCO2排出量を毎年0.2 GtCずつ増加させ、累計で1000 GtCに達した100年目でゼロにする場合。

以上のように、仮想的な「実験」によって、海洋による熱とCO2の吸収が長期間続くことが実感できる。もちろん、濃度が急に一定になるとか、排出量が急にゼロになるというのは現実的ではない。また、計算には不確実なところが多々あり、得られた結果は、大きな幅がある中の一点に過ぎない。しかし、実験結果には、気候の安定化に向けた長期戦略を考えるヒントを見出すことができる。この点は稿を改めて考えてみたい。

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