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サステナブルシステム(SS)研究本部

SS研究コラム
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第11回

CCSを考える (3) 世界初のCCS付き石炭火力発電所が商用運転できた理由

2017/07

大気・海洋環境
領域領域リーダー
上席研究員

下田 昭郎

● 世界初のCCS付き商用石炭火力発電所

160万トン。世界初のCCS(ここではCO2回収装置)付き商用石炭火力発電所でこれまでに回収されたCO2の総量です(2014年10月〜2017年5月)。2017年5月の1ヶ月間の回収量は6万6千トンです 注1)

CCSは、CO2排出規制に対応するため、発電所などの大規模発生源からの排出を大幅に抑制する技術として注目されるようになりました。特に、2005年にIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)のCCS特別報告書が発刊されて以降は、各国で多くの大規模CCSプロジェクトが発表されましたが、発電部門では事業性がほとんど見通せないために中止・延期となっていました。そのような中、第3回のコラムでも紹介したように、カナダ・サスカチュワン州にあるサスクパワー社バウンダリーダム石炭火力発電所(図1)では2014年10月にCO2回収の商用運転を開始しました 注2)。では、バウンダリーダム発電所はどのようにして商用運転を迎えたのでしょうか?本稿ではその経緯を順に追ってみます。

注1)
ちなみに60万kW超々臨界圧微粉炭火力発電所から排出されるCO2量は年間約400万トン。
注2)
2017年6月時点でCCS付き商用石炭火力発電所の運用は世界で2件。本稿で紹介するバウンダリーダム発電所の他、2017年1月には米国テキサス州のWA-Parish発電所の石炭火力ユニットで燃焼後回収によるCCSの運用を開始した。

図1 米国国境に隣接するカナダ・サスカチュワン州バウンダリーダム石炭火力発電所

● 石油増進回収と地球温暖化への対応(1980~1990年代)

バウンダリーダム発電所を保有するサスクパワー社は、その持ち株会社をサスカチュワン州政府が保有する電気事業
者 注3)で、同州における電力供給に関して独占的権利と義務を有しています。

サスカチュワン州では1950年代から石油生産が行われていましたが、1980年代に入り生産量が減少していました。同じ頃、米国・テキサス州では、油田にCO2を圧入して採掘の生産性を向上させる増進回収(CO2-EOR、CO2Enhanced Oil Recovery)が成果を上げはじめていたことから、生産量増加による税収を期待したサスカチュワン州政府は石油業界とともにCO2-EOR導入の検討を開始しました。その際、最大の課題は安価なCO2を安定的に供給することでした。そこで注目されたのが、石炭火力発電所の排ガスからCO2を回収し利用することでした。サスクパワー社は油田地帯に近いバウンダリーダム発電所にCO2回収パイロットプラントを設置し、現在稼働中のプラントと同じ化学吸収法によるCO2回収を検討しましたが、1980年代半ばには、吸収液の性能不足や経済的な理由から排ガスからの回収は困難との結論に至りました。

1990年代に入り、地球温暖化への懸念が顕在化する中で、石炭火力発電所に対して厳しい視線が向けられるようになりました。サスクパワー社は、この当時既にCO2の削減技術の適用なしには石炭火力発電所の存続は不可能との判断のもと、CO2回収に関する研究開発を進め、その後、貯留に関する検討も開始しました。その間、サスカチュワン州ワイバーンの油田(図1)では、隣接する米国・ノースダコタ州で稼働するメタン製造用石炭ガス化施設から回収したCO2をパイプラインで輸送して活用するEORが期待以上の成果を上げていました。

注3)
2014年の収益は約21億カナダドル、発電容量は約420万kWで、内訳は石炭37%、天然ガス37%、水力20%、風力5%、その他1%。

● 電源確保と天然ガス価格の高騰(2000年代)

バウンダリーダム発電所の各ユニットは30年運用を想定して設計されましたが、2000年代に入ると運用年数が50年に迫るユニットもあり(表1)、電力需要の増大が見込まれるサスカチュワン州にとって、安定供給のための電源確保が急務となっていました。

2002年には、電源多様化とCO2排出削減の観点からサスクパワー社にとって初めての天然ガス複合発電プラント(NGCC)の運用が開始されました。しかし、その後すぐに天然ガスの価格が高騰したため、同社は代替電源確保の戦略を変更せざるを得なくなりました。結果的に、安定供給と将来的に予想されるCO2排出規制に対応するオプションとして、燃料に石炭を選択し、再び排ガスからのCO2回収を伴うビジネスモデルを構築する必要に迫られました。

表1 バウンダリーダム石炭火力発電所の概要

● レトロフィットによるCCS導入(2010年代)

建設コストを抑制するために、新設ではなく既存設備(ユニット3)の一部を再利用するレトロフィットが検討されました。回収したCO2をEORで利用できることはワイバーンで既に実証済みであり、州内には長期間安定的にCO2需要を期待できる油田(図1拡大図に青色で示したEOR候補地)が存在していました。石油生産量の増加による税収や雇用増等の経済効果を期待する州政府からは、総建設費(12.4億ドル)のうち2億ドルの支援も獲得しました。さらに、石炭灰やレトロフィットで追加された化学吸収法による脱硫処理の副産物である硫酸の長期的な販売収入も期待されました。

安定供給が期待できる褐炭が近郊で産出されるバウンダリーダム発電所は、技術的な検討結果も踏まえて、2010年にユニット3をCO2回収機能付きの石炭炊きにレトロフィットすることを最終決定し、2014年10月には商用運転が開始されました。現在、回収したCO2は近郊国境沿いのエステバン油田(図1)に60kmのパイプラインで輸送されています。

サスクパワー社は、バウンダリーダム発電所のユニット4および5もCO2回収機能付きにレトロフィットする計画を持っていました。ユニット3の経験をもとに建設費は3割程度削減可能としていましたが、近年の北米におけるシェールガス開発による天然ガス価格の下落でNGCCが再び競争力を持ってきたため、最終判断を延期しているようです。

CCSの導入に際しては事業性が見通せることが不可欠です。また、新しい技術であるCCSには事業リスクとなる不確定要素が多く存在します。そのような中でバウンダリーダム発電所は条件に恵まれた特殊な例と言えます。一方で、サスクパワー社が長期的な視点でCO2削減のための技術開発を継続したこともCCSを導入可能とした一因です。日本での導入を想定した場合、現時点で事業性を見通すことは困難ですが、将来的なリスク対応の選択肢を拡げておくという意味では、技術開発を継続していくことが必要ではないでしょうか。

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