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サステナブルシステム(SS)研究本部

SS研究コラム
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第15回

CCSプロジェクトにおけるリスクコミュニケーション事例

2018/04

CCS(二酸化炭素の回収・貯留)に関するトピックは、これまで第3、5、11回で紹介されてきました。CCSのように、新しい技術が社会に導入される場合、法制度や技術、コスト面の課題だけでなく、社会に受け入れられ、地域社会と共生できることが重要です。今回は、CCSプロジェクトにおけるリスク対応を例に、リスクコミュニケーションの重要性について考察します。

環境化学領域
上席研究員

窪田 ひろみ

1.リスクコミュニケーションとは

「リスクコミュニケーション」という言葉は1970年代半ばに米国で誕生しました。定義はいくつかありますが、米国研究評議会(NRC; National Research Council)では「個人、集団、組織間における情報と意見の相互的な交換プロセス」(1989年)と定義されています。リスクコミュニケーションの目的は、必ずしも意見の一致や合意形成というわけではなく、関わった人々が十分に情報と意見を交換し、相互理解と納得感を高めることであり、結果として信頼関係の向上や改善が期待されます。リスクコミュニケーションが失敗すれば、関係者間の信頼低下により事業の中止・遅延をまねく可能性が高まります。このため、まずは事業者が住民の不安や懸念にしっかり耳を傾けて地域状況を理解し、それに応じたリスク評価とリスク管理、情報共有といった日常のコミュニケーションを継続・改善することが重要です。

リスクコミュニケーションは、事業者にとっては効果が見えにくいために継続が難しい場合もあります。しかし、多様な利害関係者と相互理解を深めながら信頼関係を築くには、関係者間において、①対象リスクに対する科学的な理解と情報共有、②継続的な意見交換、が必要とされます。

2.CCS事業に対する社会的受容性

海外のCCS事業や実証試験が中止・遅延となる例は、主に経済的な理由による場合が多いのですが、その前の地域選定の段階で地域社会からの受容性が得られないために中止となったプロジェクトも複数あり、オランダBarendrechit、米国のGreenville、ドイツのShwarzepumpeなどが報告されています。このため、CCSを導入する際には、予め当該地域において理解促進に資するシンポジウムやワークショップ等のアウトリーチ活動、住民説明会・地元協議会等のコミュニケ―ション活動を実施し、地域の理解と信頼を得る必要があります 1)

CCSに特有で地域社会が不安や懸念を抱く対象として、「CO2漏洩」と「誘発地震」が挙げられます。例えばCO2漏洩リスクの場合、まずは貯留に適した(CO2漏洩の恐れがない)場所を科学的に選定し、その上で適切な技術と管理の下でCO2を貯留することが重要です。そして、貯留後も継続的にCO2濃度を観測し、関係者間でデータを共有します。もしも通常の変動範囲を超えるCO2濃度が検知された場合には、自然由来のCO2に起因する現象なのか、貯留CO2に起因するものなのかを見極め、後者の場合であれば、何らかの適切な対処をする必要が生じます。これまで国内外のCCSプロジェクトにおいて、観測データ等に地域住民が疑念を抱いた場合には、その都度、専門家による詳細な科学的検証や説明が行われてきました。以下にその事例を紹介します。

3.リスクコミュニケーション事例

(1) CO2漏洩に対する懸念への対応(カナダ サスカチュワン州Weyburn-Midaleプロジェクト)

2000年から実施されているWeyburn-Midale CCSプロジェクトは、CO2地下貯留を監視・検証する世界最大規模のプロジェクトです。米国内の石炭ガス化プラントから生じるCO2をパイプラインでWeyburnまで320km輸送し、8,000t/日(280万t/年)のCO2を地下1.5kmの枯渇油田に注入して石油の増進回収を行っています。

2004年、貯留サイト近隣の農場主が自分の土地がプロジェクト由来のCO2で汚染されたと訴え、2011年には記者会見を開いて公開調査を要求しました。各国から専門家が招聘され調査したところ、観測されたCO2は土壌中の微生物に由来する自然現象と結論づけられました 2)。Weyburn地域では、プロジェクト開始前から研究機関等により丁寧なリスクコミュニケーションが実施され(図1)、事業者による定期的な観測データ等も住民に公開されていました。このため、殆どの住民においてCO2漏洩に対する懸念は小さく、事業者との信頼関係が構築されていたことが示されています 2)。上記の問題が発生した場合にも適切な対処がなされたことで、事業への影響を最小限に食い止めることができました。

図1 Weyburn-Midale CCSプロジェクトにおけるQA集 3)

(2) 誘発地震に対する懸念への対応(新潟県 長岡プロジェクト)

 2000~2007年、長岡市の郊外で小規模なCO2地中貯留試験が実施されました。地下1,100mの帯水層に1日あたり20-40tのCO2が注入され、計1万tが貯留されました。このCO2注入期間および注入終了後に、貯留地点から約20km離れた地域で大規模な地震が発生し(2004年新潟県中越地震、2007年新潟県中越沖地震)、CO2注入との因果関係が国会でも取り上げられました 4)。本件も(1)の事例と同様に専門家によって科学的な検証が行われました。その結果、両者には因果関係がないこと、注入したCO2が安全に貯留され続けていること、が報告されました 5, 6)。本件は、科学的に検証されたことで事なきを得ましたが、科学的データの共有と議論が成功した事例といえます。

どんなに科学的で安全性の高い技術で貯留し、科学的に説明できたとしても、将来的な事象には必ず不確実性が残ります。また、想定外の出来事を予測したり、未然に防止することはできないため、全ての人の心理的な不安感を解消することは困難です。日本はもともと地震が多いため、自然由来の現象と人為起源による現象の違いを、現在の科学的知見でどこまで明確に立証できるのかは難しく、今後の課題といえます。

4.継続的なリスクコミュニケーションの重要性

今回紹介した2例の原因はいずれもCCSによるものではありませんでした。しかし、結果的に自然由来であることが判明したとしても、地域住民の疑念が増幅したり、メディアで大きく取り上げられることでプロジェクトや地域に対する風評被害が拡大し、CCS技術全般に対する懸念が増大する可能性があります。このため、事業者には、科学的・技術的に信頼性の高い方法で貯留・観測するだけでなく、継続的なリスクコミュニケーションを通じて、科学的情報を分かり易く発信・共有し、地域との信頼関係の醸成を図ることが必要です。また、将来的なリスクはゼロにできないため、地域がどこまでリスクを許容できるのか等についても日頃から関係者で議論しておくことも重要です。

現在、我が国では苫小牧沖にてCCS実証試験が進行中ですが、商用的に実施するかどうかはまだ決まっていません。今後、国としてCCSの事業化を検討する場合には、特に「CO2漏洩」と「誘発地震」に関するリスクコミュニケーション、および万一の際の対応方策を予め検討し、備えておくことが必要となるでしょう。

参考文献

©2018 電力中央研究所