まず考え方の整理からですが、風車はビルやタワーと同じように建造物であり、動かない建造物にも鳥は衝突する可能性があります。さらに、風車への衝突が特別に扱われるのは、回転する風車のブレードに鳥がぶつかりやすいのではないか、という危惧から生じているといっていいでしょう。風車への鳥の衝突をシンプルに考えると、以下の足し算になります。
風車への衝突 = ①建造物(静止状態)としての風車への衝突 + ②回転するブレードとの衝突
さて、①の「建造物への鳥の衝突」は、風車に限らず、どの程度発生しているのでしょうか?みなさんの周りでも、家やビルに衝突してしまった鳥を見たことがある人も少なくないでしょう。これに関して日本の文献を調べてみましたが・・・、見つかりませんでした。一方、アメリカでは、ビルディング、タワーなどの建造物への衝突を含めた、要因別の鳥の死亡数の集計が報告されています(Loss ほか 2015)。それによると、死因の1位は猫による捕食、3位は自動車への衝突ですが、2位にビルディング、4位以下にも、電線、タワー、風車、と建造物への衝突が原因となっています。風車に限らず、大きな建造物に鳥は衝突してしまうことが分かります。
多くの鳥は遠くを見る能力に優れていますが、大きな建造物を見て避けられないのでしょうか?この疑問については、鳥の視覚能力に関わる興味深い指摘がなされています(Martin 2011)。人間の二つの目は、正面を向く形で配置されていて、正面の広い範囲を立体視により詳しく見ることができます。一方、多くの鳥の目は顔の側面に配置されていて、両目の視野が重なる範囲、つまり立体視ができる範囲は狭いですが、側面方向を広く見ることができる構造をしています。さらに、正面の上下方向の視野は人間に比べて狭く、空を飛んでいる時に下を見ながら飛んでいると(鳥にとっては自然な向きです)、進行方向(頭の上方向)がブラインド状態になってしまう鳥がいる、というのです。特に広い平原のような場所で餌を探してきた鳥たちにとって、以前は進行方向が良く見えていなくても衝突する心配はありませんでした。新たに現れた建造物に体の機能が対応できていなくても不思議はありません。
さて、風車の話に戻り、②の「回転するブレードとの衝突」に話題を進めます。回転するブレードも、やはり飛行中に進行方向が見えにくい鳥にとって、やっかいな存在になりそうです。さらに、ブレードが回転して動いていることによる視覚的な影響が指摘されています。モーションスミア(Motion Smear)と呼ばれるもので、早く動く物体を近くで見ると網膜が処理できなくなり、その物体がぼやけて透けて見える、あるいはほとんど見えなくなる現象です。早く回る扇風機の羽を近くで見る時に羽が見えなくなるのと同じです。これを風車衝突の要因として指摘したHodos(2003)は、室内で鳥の実験を行いました。小さな模型の風車ブレードを用意し、速度を変えて鳥の目の前で回転させ、網膜電図という方法で網膜の反応を測りました。その結果、ブレードが非常に高速で回転すると、網膜がその回転に反応できない状態になること、さらに、ブレードに認識しやすい模様を付加すると、回転が高速でも反応可能になることが分かりました。風車衝突の要因としてのモーションスミアは、まだ仮説として位置づけられていますが、もし正しいとすると、回転するブレードを認識できず、回避しないで突っ込んでしまうような行動が起きていてもおかしくありません。「事件の証拠は現場にある」わけですから、風車の周りで起きている鳥の行動に謎を解く鍵があるはずです。
それでは、稼働している風車の近くでは、鳥はどのような行動をしているのでしょうか?前回のコラムでは、当所が開発した3次元カメラシステムを紹介しました。現在、このカメラで風車近傍の鳥を撮影し、その行動を明らかにする研究を進めています。昨年度に行った研究*では、多くの個体は回転するブレードを避けていたものの、回転するブレードに直進し、接触寸前でふらつく鳥が複数回、確認されました(図1)。つまり、回転する風車を認識して未然にブレードを避ける、という行動をとらなかったケースがあったことが分かります。