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サステナブルシステム(SS)研究本部

SS研究コラム
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第23回

オクラホマ大学滞在記

2019/03

2018年3月末より1年間、米国オクラホマ州ノーマンにあるオクラホマ大学のDepartment of Microbiology and Plant, Biocorrosion center(以下、OUBC), Joseph M Suflita教授の研究室に客員研究員として長期出張しました。1年間の滞在を終えて感じた日米の研究環境、スタイルの違い等について報告します。

環境化学領域
主任研究員

平野 伸一

1. オクラホマ州ノーマン

オクラホマ州と言われても、どこにあるのかピンとこない方も多いと思いますので、オクラホマ州の紹介からさせていただきます。オクラホマ州はアメリカ中南部の州で、北米大陸48州の地理的重心近くに位置します(図1)。日本の半分程度の面積に約400万人が住むゆったりとした州です。約400万人のうちアジア人は2%未満であり、日本人にはほぼ出会いません(1年間で知り合えたのは2人だけです)。グレートプレーンズの端に位置し、山は無く平坦で、小さな都市部以外は草原が広がっています。オクラホマ大学のあるノーマン市(人口約11万人、図1)は、大学や研究所を中心とした学術都市であり、筑波あたりがイメージとしては近いかと思います(図2,3)。自然に恵まれた環境で、近隣に州立公園をはじめ大きな公園がいくつもあったので、週末は家族でよく公園に行き、自然と戯れました。日本人は非常に少ない地域ですが、車で30分ぐらい移動したオクラホマシティーにはアジアンスーパー、地元でも人気の日本食レストラン(ラーメン、寿司、たこ焼きなど食べられ、しかも日本と変わらないレベルで美味しい)や、Japanese BBQの店があったので、日本食も食べられ、食に関しては特に不自由は感じませんでした。

図1 オクラホマ州ノーマン

図2 オクラホマ大学キャンパス右奥の 9階建ての建物が報告者のいた実験棟

図3 ノーマンの街並み

オクラホマは気候的に激しい地域としてアメリカ国内でも有名で、春はトルネード、夏は40℃を超える暑さ、冬は-10℃を下回る寒さの日も多く、秋以外は快適とは言い難い環境です。さらに、短期間での気温の変化も大きく、前日氷点下だったのに、次の日には20℃近くまで上がるような日もよくあり、日本でいうところの衣替えはなかなか難しいです。トルネードは平均年間50個以上発生しており、その多くは4-6月に集中して発生します。私が着任したのは3月末だったのですが、まず始めに多くの方からスマートフォン用の天気予報アプリを入れ、常に確認することと、トルネード警報が出たらトルネードシェルターへ逃げることを教わりました。各家庭、アパートにはトルネードシェルターがあり、大学内にもトルネード対応の建物があります(図4)。2018年はトルネードが比較的少なかった年であり、実際に避難したのは2回だけでしたが、町中にトルネードサイレンが鳴り響く異様な雰囲気に心細さを感じたのを覚えています。このような激しい気象環境の土地柄もあり、オクラホマ大学は気象の研究が盛んで、近隣にNational weather centerや気象関連の企業も多く存在しています。その一方で、オクラホマ州は天然ガス・石油の生産が米国内で最大規模であり、エネルギー関連企業も州内に多く存在しています(図5)。オクラホマ大学には、これらエネルギー関連企業の出資による建物や研究組織が多く存在し、私の出張先であるOUBCもその一つで6社の出資を受けて2011年に設立された微生物による金属腐食(微生物腐食)を研究する組織です。

図4 トルネード対応を示すマーク 警報時はこのマークの建物の地下に避難します。

図5 ゴールデンドリラー 石油産業が盛んであることを象徴する 巨大なoil workerの像

2. OUBCにおける微生物腐食解析技術の習得

微生物腐食は米国のエネルギー産業、特に長いパイプラインを有する石油・ガス産業において大きな問題であり、石油・ガス産業における腐食対策コスト30-70億ドルのうち20%が微生物が関与する腐食によるものと考えられています。しかし、これら腐食を引き起こす微生物種およびそのメカニズムについて未解明な部分が多いため、効率的な診断、対策技術の確立には至っていません。そこで、OUBCでは微生物学、電気化学、材料科学等を専門とする複数のラボが連携し、腐食メカニズムの理解、腐食の診断、抑制のための技術開発を行っています。設備配管等に使われる金属材料は、酸素のない嫌気環境においては非常に腐食速度が低いのですが、嫌気環境においても活発に増殖する硫酸還元菌のような嫌気微生物が存在する場合には、深刻な腐食を引き起こすケースが報告されています。今回、OUBCにおいて、嫌気環境下での腐食において主要な原因微生物と考えられている硫酸還元菌を対象とする研究を通じて2つの微生物腐食解析技術を習得しました。

(1)金属表面における微生物腐食プロセス解析手法

これまで硫酸還元菌は有機物を分解、硫酸呼吸を行うことで硫化水素を生産し、これ(硫化水素)が金属材料の腐食を引き起こすことが知られていました。この硫化水素起因の腐食では腐食生成物である硫化鉄が金属表面被覆後、腐食速度は低下します。一方で、近年、有機物を使わず、鉄をエネルギー源(電子源)として増殖する(鉄を食べる)ことで腐食を誘引する硫酸還元菌が報告されています。この従来とは異なるメカニズムに基づく腐食を担う硫酸還元菌は、腐食生成物による表面被覆後も金属表面の腐食生成物を介して腐食を長期間継続するため、実環境で見られる大きな腐食被害への関与が推定されており、腐食診断・予測の対象として重要視されています。本出張では、石油生産施設で獲得した微生物群集から鉄をエネルギー源とする2種類の硫酸還元菌を分離し、その腐食過程を解析しました。複数の電気化学的手法、金属表面の解析手法、electron flowの評価手法を新たに習得して解析した結果、2種の硫酸還元菌において異なる腐食特性および電子の流れるルートを明らかにすることができました。

(2)現場環境における微生物腐食リスク評価手法

OUBCでは環境試料中の潜在的な硫酸還元活性を簡便かつ高感度に測定することで硫酸還元菌による微生物腐食リスクを評価する手法を開発しています。この手法を用い、OUBCはカナダの2大学、エネルギー企業との共同で石油生産施設(カナダ)の微生物腐食のリスク評価に関するプロジェクトを実施しています。今回、本プロジェクトに参加する機会を得て、実際のパイプラインから採取された試料水の解析を通じてOUBCのリスク評価手法を習得することができました。

3. 研究環境・研究スタイルの違い

多くの優れた論文を報告しているOUBCでは、どのような環境下で研究が進められているのか出張前から興味を持っていましたが、実際に1年間OUBCで研究生活を送ってみて多くの点で日本とは違うことを感じました。まず、研究環境についてですが、意外だったのが、研究設備としては学部内もしくは学部を跨いで共同使用している古い装置が多く(図6)、大学を含めても日本の研究設備環境のほうが優れているように感じました。一方で、装置の多くには担当のラボと専門の担当者が決まっており、大型設備については定期的に利活用に関するセミナーが開催されていました。新たに実験を開始したい場合には担当者が親身に相談に乗ってくれ、実験中に分からないことがあった時にはスマートフォンからショートメッセージを送ると担当者がすぐ返答もしくは直接対応してくれるなど、研究がスムーズに進むように運用が工夫されていました。また、試薬やガスボンベなどの消耗品類は建物内のストックルームでスタッフが管理しており、使い切ったらそこにもらいに行くだけ、自分で在庫管理も注文もせず、ストックルームにない特殊な試薬類もスタッフに必要量を伝えるだけ、というように研究者が研究に集中し、実験を効率的に推進するための環境整備がなされていると感じました。さらに、環境という面では、学部内で毎週金曜日に外部の研究者を招いた講演会が開催され、常に多様かつscientificな刺激が得られるようになっており、このような環境が斬新な発想を生み出す基盤を培っているのかと思いました。

図6 一般的な実験室

実験の進め方、スタイルについては特に大きな違いは感じませんでしたが、実験開始前や途中要所要所での議論に重きを置いているように感じました。教授は出張などで不在も多いですが、ラボに在席している時間の大部分を関係者との議論に充てていました。ラボでは研究進捗報告1件に2時間ぐらいかけて議論することが普通で、大変ですが、思いもしなかったアイデアを提案され、新たな視点など気づかされることも多々有り、議論の大切さを改めて認識しました。今回の出張では幸運にもデータに恵まれ、論文作成のプロセスにも関わることができたのですが、教授をはじめ関係者全員が文章1つ1つの表現まで神経を配りながらより良い論文を作り上げていく作業とそのスピードには感嘆するものがありました。教授からは視野を広く持てとよく言われていたのですが、異文化の外部機関における1年間の研究生活は自分の視野を大きく広げてくれたと感じています。帰国後は、今回の貴重な機会を通じて得た技術や経験を日本での研究に還元していきたいと考えています。

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