政府の長期戦略は「最終到達点として『脱炭素社会』を掲げ、それを野心的に今世紀後半のできるだけ早期に実現していくことを目指す」とされる。ここで脱炭素社会とは、「今世紀後半に温室効果ガスの人為的な発生源による排出量と吸収源による除去量との間の均衡(世界全体でのカーボンニュートラル)を達成すること」と説明されている。排出量と除去量の均衡はパリ協定にも書かれており、一般に実質ゼロ排出(正味の排出量がゼロ)と理解されている。
このように世界全体はゼロ排出に向けて動き始めたと言えよう。本コラムでは、第1回以来、最終的にはゼロ排出を目指すが、その時期には不確実性があることに注意を向けてきた。ここでは1.5℃特別報告書で示されたカーボンバジェットに基づいてゼロ排出到達時期を試算し、考慮に入れておくべき不確実要因を整理してみる。
カーボンバジェットは温度目標に応じて定まる累積CO2排出量の上限で、温度上昇と累積CO2排出量が近似的に比例関係にあることがベースとなる。比例定数はTCRE と呼ばれる(第9回コラム)。TCREの推定には幅があるため、目標達成の確率によってカーボンバジェットは異なる値をとる。確率は通常66%と50%が使われる。また、温度上昇にはCO2以外の要因もあるため、想定される非CO2要因の大きさによってカーボンバジェットは増えたり減ったりする。1.5℃特別報告書では、2013-2014年のIPCC第5次評価報告書に基づいてTCREの幅を設定し、多数の社会経済シナリオを参照して非CO2要因の大きさを定式化している。
1.5および2℃目標のカーボンバジェットを前提とすると、世界のCO2排出量は図1に示す経路で減少する。確率66%で目標を達成する条件では、それぞれ2040年頃および2075年頃にゼロとなる。図では排出経路を示す線とx軸の間の面積がカーボンバジェットを表す。ここでは簡単のため直線的に減少する条件で計算したが、IPCCの報告書で示された詳しい計算も大体同じような結果となる。パリ協定の「2℃より十分低く抑え、1.5℃未満に向けて努力」する目標は、技術的・経済的な実現可能性はともかくとして、遅くとも2070年頃にゼロにすることに相当する。これは長期戦略の「今世紀後半のできるだけ早期」と整合する。