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サステナブルシステム(SS)研究本部

SS研究コラム
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第31回

CCSを考える (7) CCUはネットゼロ社会達成に向けたラストピース?

2020/11

 

 

大気・海洋環境領域
副研究参事

下田 昭郎

1. 各国の長期戦略におけるCCUSへの言及

2015年12月に開催された第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)においてパリ協定が採択されました。パリ協定は、世界全体の平均気温を産業革命以前と比較して2℃以下の上昇に抑えるとともに、1.5℃以下に抑える努力を継続し、そのために、今世紀後半の温室効果ガスの人為的な排出量と吸収源による除去量との間の均衡(世界全体でのカーボンニュートラル)を達成することを目標に定めています。また、各国に対して、温室効果ガスの低排出型の発展のための長期的な戦略を策定し、国連に提出することを求めています 1)。日本政府も2019年6月に「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」を閣議決定しています。この長期戦略では、最終到達点として「脱炭素社会」を掲げ、それを今世紀後半のできるだけ早期に実現することを目指すとともに、2050年までに80%の温室効果ガスの削減に取り組むとしています。
日本では、これらの目標達成に必要な削減対策・施策において、CCS(二酸化炭素回収貯留)注1)およびCCU(二酸化炭素有効利用)注2)が、長期戦略上の重要な技術として位置付けられています。具体的には、エネルギー部門ではCCSおよびCCUにおいてCO2を資源として再利用するカーボンリサイクルの推進が、産業部門ではCCUによる燃料転換が重要な実現目標として挙げられています。各国の長期戦略でも、CCSとCCUを併用するCCUSへの言及が少なからず見られます(表1)。
以下においては、英国を例として、CCUの位置づけについて具体的に見ていきます。

表1 各国の長期戦略におけるCCUSへの言及(2050年断面)2)

2.ネットゼロ社会構築に向けたCCUの具体的な位置付け―英国の事例―

英国は気候変動・温暖化対策に最も先鋭的な国の一つであり、独立行政機関である気候変動委員会(CCC; Committee on Climate Change)を中心に様々な議論・提言がなされています。同委員会では、2019年5月に、2050年にネットゼロを達成するための削減シナリオと技術的背景に関する報告書を纏めました 3)。
報告書では、2050年にネットゼロを達成するための道筋として、次の2つのシナリオとオプションを設定しています。

〇Coreシナリオ

2050年までの80%削減に寄与する気候変動対応に必須となる可能性の高いシナリオ。建物、産業、運輸の効率改善、低炭素発電やCCSあるいはバイオマスCCS(BECCS: Bioenergy with Carbon Capture and Storage)の導入等で達成。

〇Further Ambitionシナリオ

80%から96%への削減の積み増しを意図したシナリオ。CCS付きガス火力や水素発電、産業部門のCCS、食肉や乳製品消費の削減等で達成。

表2は、上記2つのシナリオにおける各部門の達成目標を示します。96%削減までは対策としてCCUは登場してきません。Further Ambitionシナリオにおいては、低炭素電源、建物(業務)、CCS、電気自動車等の対策の達成目標値を100%としていますが、農業、運輸、産業の排出量はゼロにはならないとされています。英国において96%の削減が達成された場合、残りの排出量はおよそ4,000万トンと見積もっています。
各削減対策については、現時点では不確実性が高いために幾つかのオプション(Speculativeオプション)が設定されており、その中にCCUが含まれています。最終的にネットゼロに到達するために必要な対策としては、土地利用の転換、バイオマス+CCS、DAC(大気直接回収)+CCS、CO2を利用した合成燃料(CCU)、CCSのCO2回収率向上、水素市場の拡大等が候補となるオプションとされています。
航空機や重量貨物は、電化や水素による代替が困難なため、排出源として最後まで未対応の領域となる可能性が高いと言われていますが、回収したCO2を原料として液体燃料を合成するCCUが技術オプションの一つとされています。図1は2050年時点における各種CCUおよび炭素除去技術の損益分岐コストと世界全体のCO2利用量(場合によっては削減量)ポテンシャルを示したグラフです。CO2を利用した航空機等の液体燃料の合成は、図中ではFT(Fisher-Tropsch)合成燃料が該当します。CO2利用の相応のポテンシャルはありますが、掛かるコストはかなり高いことが分かります。単純に言えば、CO2 1トンの排出に対して500ドル程度の炭素税が賦課されないと、導入のインセンティブは働かないことになります。また、燃料合成のためには、大量のカーボンニュートラル電源(再エネ等)、水素の調達も必須となります。さらに、技術的な成熟度についても、現時点でFT合成燃料は研究段階であり、将来的な普及の不確実性を含んでいます。英国におけるネットゼロに向けた道筋の中で、燃料合成のCCUが目標達成の最終手段のオプションに位置付けられている理由でもあります。

表2 CoreおよびFurther Ambitionシナリオにおける対策の達成目標値 3)

このような取り組みの下、英国は、2019年6月に「2008年気候変動法(Climate Change Act 2008)」を改正し、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロ(ネットゼロ)にすることを法的拘束力のある政策目標として設定しました。

図1 各種CCUおよび炭素回収技術のCO2利用ポテンシャルと損益分岐コスト 4)
2050年CO2利用量:2050年に個々の技術によって利用されるCO2量を損益分岐コストの低いものから順次累積した値として示したもの。

3.ラストピースとしてのCCU

多くのCCU技術は、現時点ではCO2利用量、コスト、技術成熟度、等で排出削減対策としてメインプレーヤにはなり得ません。その一方で、世界がネットゼロ社会の構築を目指すならば、その実現には越える必要のあるいくつものハードルがありますが、CCUが目標達成のラストピースとなる可能性は十分にあると考えています。2020年10月、日本政府も2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするカーボンニュートラルの実現を目指すことを宣言しました。そのためにも、CCUに関する継続的な技術開発が必要であり、長期的な視点で削減ポテンシャルの高いCCSとの組み合わせによる技術普及の道を開くことが重要と考えています。

引用文献

  • 1) 環境省ホームページ、パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略、http://www.env.go.jp/press/111781.pdf(2020/08/25)
  • 2) 環境省ホームページ、各国の長期戦略の概要について
  • 3) Committee on Climate Change, Net Zero Technical Report, May 2019.
  • 4) Cameron Hepburn, et al., The technical and economic prospects for CO2 utilization and removal, Nature Vol. 575, 2019.

注1)本コラムの第3回を参照
注2)本コラムの第16回第20回を参照

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