第16回
2018/06
CCS(二酸化炭素回収貯留)は、石炭火力発電所などの大規模発生源で発生するCO2を回収し、パイプライン等で輸送し、地中数百メートル以深の地層に貯留する一連のプロセスの総称で、CO2の大幅削減を効率良く達成できる技術オプションとして位置付けられています。EEトレンドウォッチでは、過去3回に亘ってCCSについて紹介しています 1〜3)。
2015年12月にパリで開催された第21回気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)では、産業革命以前からの気温上昇を2℃以下に抑える“2℃目標”が再認識され、世界全体で目標達成に向けた取り組みが進行しています。
図1は、2℃目標を達成するために必要な世界全体のCO2削減量を示しています。図中の赤線は現状の削減対策を継続した場合のCO2排出量(最終的な気温上昇は6℃と予測される)、青線は2℃目標を達成する場合の排出経路で、いずれもIEA(国際エネルギー機関)が予測したものです 4)。現在から2050年までに必要な世界全体のCO2削減量は、おおまかには図中に示す三角形の面積(青色)で概算でき、その量はおよそ8,000億トンと膨大な量となります。このうち、CCSによる削減量は1,200~1,600億トンと期待されています。
CCSはCO2の大幅削減が可能な技術として期待が大きい一方で、世界的な普及は期待通りには進んでいません(第3回コラム1))。その理由は、技術の不確実性や、貯留の安全性への懸念、法規制の未整備、等々幾つかありますが、特にコスト増加により事業性が見通し難いことがあります。そのため、回収したCO2を単に貯留するのではなく、CO2を直接あるいは間接的に利用して付加価値のある製品を生産し、回収に掛かるコストを補償することを目指すCCU(Carbon Capture and Utilization; CO2有効利用)が注目を集めるようになってきています。CCUとCCSと併せて一つの削減技術としてCCUSと称されることもあります。
図2に示すように、CCUのオプションは、化学製品、生物変換、鉱物化、作動流体利用、等々、多岐に亘ります。CO2を原料とした肥料や炭酸ナトリウム等の製造は一世紀以上も前から行われています。従来のCO2利用では、如何に効率的に最終製品を生産し経済性を確保できるかが重要でしたが、温暖化防止の視点では、対策技術としてどの程度CO2削減に貢献できるかも重要となってきます。
それでは、CCUによってどの程度のCO2削減が可能なのでしょうか?一例として、現状で最もCO2利用量が多い石油増進回収(EOR: Enhanced Oil Recovery)で詳しく見てみます。第11回のコラム 3)で紹介したカナダにおける世界初の石炭火力発電所でのCCS商用プロジェクトも、回収したCO2をEORに利用できたことが、商用運転を可能とした大きな要因でした。EORは、生産性の低下した油田にCO2を圧入して石油を増産する技術です。現在、年間100万トン程度のCO2を回収する大規模プロジェクトは、建設中のものも含めて世界全体で21件あります。このうち、回収したCO2をEORに利用しているプロジェクトは16件と大部分を占めています。
2014年時点では、世界全体でおよそ120件のEORプロジェクトが進行中で、そのうち113件が米国となっています。米国には、総延長5,000 kmほどのCO2専用のパイプラインが敷設されており年間6,000万トンのCO2がEOR利用のために輸送されています。ただし、そのほとんどは地中の石油層等で発生した自然起源のCO2で、コスト上の問題から、火力発電所由来のCO2が使われる例は極めて限定的です。米国における石油生産の5%程度がEORによるもので、今後も増加が見込まれ、石炭火力発電所からのCO2の供給も必要となる可能性があります。
現状の世界全体の原油生産(年間約33億バレル)において、EORによる増産ポテンシャルは4,700億バレルで、これには理論的には700~1,400億トンのCO2貯留を伴うと評価されています 5)。これは、2℃目標を達成するために必要な2050年までのCO2削減量、8,000億トンの一割強となります。ただし、この数値は非現実的なものです。EORに適した油田は地理的に偏在しており、最もポテンシャルの高い地域は中東、次いで北米、旧ソビエト連邦地域、となります。今後、経済発展に伴い、人口や消費エネルギーの急激な増加が予想されるアジア太平洋地域(日本を含む)のポテンシャルは、目標達成に必要なこの地域の削減量の3%程度との評価になっています 6)。
さらに、EORにより生産された原油は、原料や燃料に利用され、最終的には再びCO2を排出することになります(図3)。原油の平均的なCO2排出原単位(1バレルあたり0.43トン)とEOR適地の地理的な偏在、さらには現実的な石油回収効率(利用CO2量に対する石油生産量)を考慮するとCO2の削減ポテンシャル(図3のA-B)は350億トン程度となり、目標達成に必要な削減量の4.5%程度にまで低下することになります 6)。また、実際には2050年以降も継続的な削減は必要となりますが、増産ポテンシャルが増加しない限り、そこへの寄与は見込めないことになります。
以上のように、EORのCO2削減ポテンシャルはそれほど大きくはありませんが、CCSの各種関連技術が成熟し、コストが十分低下することにより普及が促進するまでの繋ぎとして重要と思われます。EOR普及の第一のドライバーである収益性は原油価格に大きく依存することになります。また、CO2の調達コストにも影響を受けますが、収益性を向上させるためにより少ないCO2で増産を図ろうとする通常の事業者の努力は、排出削減の視点では逆効果(図3の正味削減量が減少)になる矛盾も含んでおり、温暖化防止への将来的な寄与は不透明と言えます。もっとも、適地のない日本ではEORはそもそも削減技術オプションにはなり得ません。では、その他のCCUのポテンシャルはどうでしょう?これについては、“CCSを考える”の第5回で紹介することとします。
引用文献
©2018 電力中央研究所