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サステナブルシステム(SS)研究本部

SS研究コラム
SS研究コラム

第22回

ノースカロライナ州立大学滞在記

2019/01

2013年1月に報道されたPM2.5越境輸送問題を機に、それまでは専門用語であった「PM2.5」は一躍身近な言葉となり、国内の関心が高まりました。PM2.5は粒径が2.5マイクロメートル(マイクロメートルはミリメートルの1/1000)の粒子状物質を指し、見た目にわかりやすいものとしては、不完全燃焼時に発生するいわゆる「すす」のほか、二酸化硫黄(SO2)から生成する硫酸塩(SO42-)や窒素酸化物(NOx)から生成する硝酸塩(NO3-)などのさまざまな物質で構成されます。これらの粒子状物質は、国内で生成するもの、国外から輸送されてくるもの、自然に発生するもの(火山噴火や土壌粒子、海塩粒子)などに由来します。人間活動に由来した発生源としては自動車排ガスや製造業の排煙などがあり、火力発電所もその一つです。PM2.5には環境基準が定められていますが、達成率は経年的に向上しているものの100%ではないため、大気中濃度を低減する必要があります。対策としては排出量の削減が求められますが、どのような発生源がどれくらいの影響を及ぼしているのか、を評価することが重要な課題となっています。このため、当所は数値シミュレーションの手法により発生源影響評価の研究を行ってきました。数値シミュレーションにも種々の手法があり、米国では電力研究所(EPRI)などが中心となって発電所の環境影響評価に特化したプルーム・イン・グリッドという手法が開発されていましたが、本手法は発電所に限定された手法であり、使用者も少ないことから、現在、EPRIでは積極的には開発されておらず、プログラムの改良・更新は停滞している状況です。この手法がわが国の発電所に適用された事例は筆者の知る限りありません。一方でノースカロライナ州立大学のYang Zhang教授は本手法を使用された実績をお持ちであり、さらには、アジア・米国の大気質研究に精通されておられることから、2017年12月から1年間、客員研究員として滞在しました。ここでは滞在地の状況と従事した研究について紹介します。

大気・海洋環境領域
主任研究員

板橋 秀一

1. ノースカロライナ州

ノースカロライナ州は東海岸のちょうど中ほどに位置する州で、「ノース」とつきますが地理的には南部アメリカに属します。毎年10月にはここで大気環境研究に関連する大きな国際学会(Community Modeling and Analysis System: CMAS)が開催されるため、これまでにも何度か訪れたことがある場所でした。実際に住んでみると、四季は明瞭で、年間を通じた気温の変化は首都圏と似たような印象を受けました。ただし日較差は大きく、夏季の日中は30℃を超えても夜間の気温は20℃くらいまで下がるので、日本のような寝苦しい夜というのはありません。ノースカロライナ州は、人口は1000万人弱ですが、面積は12万6千㎢(日本の約1/3)もあり、とてものびのびと生活できる場所です。赴任先のノースカロライナ州立大学(図1)は州都のローリーにありますが、高層ビルが並ぶのは州都中心部の一部くらいで、郊外の居住地域は一歩外に出るとリスに遭遇するような自然にあふれた場所です。次に述べるように、ローリー周辺は学術研究都市として著名な地域であり、集中して研究を推進するのにとても適した場所だと感じました。

図1 ノースカロライナ州立大学のシンボルであるベルタワー

2. 学術研究都市

州都であるローリー、その北西に位置するダーラム、さらに西に位置するチャペルヒルの3市にはそれぞれノースカロライナ州立大学、デューク大学、ノースカロライナ大学があり、この三角形地帯をリサーチ・トライアングル・パークと呼んでいます。ここにはIBMや製薬会社のグラクソ・スミスクラインなどがあり、サンフランシスコのシリコンバレーに匹敵するような、米国でも最大規模の学術研究都市のひとつです。赴任中、最新の数値シミュレーションの開発動向を調査するために訪問した米国環境保護庁(EPA、写真2)やリサーチ・トライアングル研究所(RTI)もここに位置しています。どの研究所の敷地面積もとても広く、リサーチ・トライアングル・パークの幹線道路の一つであるDavis Driveなどを通ってみても、木が生い茂っている光景が続くだけなので、一見すると学術研究機関が集中しているようには見えません。

図2 とても印象的だったEPAの入口にある「100% ID CHECK」の看板(写真左側矢印)
パスポート番号を確認の上、構内に入ることができ、 構内ではさらに空港の保安検査並みのセキュリティチェックを受ける。

3. 発電所の影響評価

プルーム・イン・グリッドという手法について簡単に紹介します。数値シミュレーションでは適切な水平解像度(全球で百km程度、アジア域で数十km、都市圏で数km)を設定し、各グリッド(格子)において排出量を与えます。図3は関東を対象とした数値シミュレーションのグリッドの設定と排出量の空間分布のイメージ図になります。グリッドはその水平解像度の代表となり、水平解像度以下の現象を知ることはできません。例えば、グリッド内に道路がまんべんなく広がっている場合には、自動車の影響を評価するには問題ないように思います。しかし、発電所については状況が違います。発電所は直径数mの“点”としての排出源です。現状の数値シミュレーションの手法では、該当するグリッドに発電所の排出量を与えるため、図4(a)のような結果となります。これでは発電所の近傍の影響評価としては問題があり、この問題点を解決できる手法としてプルーム・イン・グリッドがあります。この手法はその名の通り、グリッド内に発電所のような点源からのプルーム(煙流)の形状を格子サイズに縛られずに直接表現する手法になります。図4(b)にはそのイメージ図を示します。グリッド内に点源を表現することにより、従来の数値シミュレーションの結果と比べて、発電所近傍ではより濃度が高く、一方で発電所から遠ざかるとより濃度が小さくなる結果が想定されます。この手法によって発電所の影響を詳細に評価することが期待できます。今後はわが国の大気環境問題の解決に少しでも貢献することを目指して、本手法を活用した大気環境影響評価を推進する計画です。

最後に図5にはノースカロライナで思い出深かった写真を載せて本滞在記を締めようと思います。これはノースカロライナ東部のキル・デビル・ヒルズにあるライト兄弟国立公園にある記念碑で、1903年のライト兄弟による世界初の有人動力飛行を記念した施設です。現在は国立公園として記念碑やいくつかのモニュメントがありますが、ここから人類が大空へと飛び立ったのかと思うとなんとも言えない気持ちになりました。米国では州毎に自動車のナンバープレートが異なるデザインですが、ノースカロライナのプレートには”First in Flight”と記されています。Firstを目指した研究を行いたいと思いを強く改めた米国滞在でもありました。

図3 関東地方を対象とした数値シミュレーション 設定のイメージ図
(a) グリッドの設定の例(濃淡は陸地・海域の区分)、 (b) 大気汚染物質排出量の空間分布のイメージ図

図4 発電所位置と (a) 従来の数値シミュレーション、および (b) プルーム・イン・グリッドの導入による 大気汚染物質濃度の空間分布のイメージ図

図5 ライト兄弟国立公園に建つ記念碑