第33回
2021/03
同タイトルの前回コラム(第2回)から約5年が経ちました。今回は地熱発電開発の国内進捗と地域共生の課題について考えてみたいと思います。
本内容は、地熱調査・開発を進める地域住民の方々を対象とした地熱理解促進に関する勉強会でもよくご依頼頂く講演テーマです。先日、ある地域の勉強会にて講演をさせて頂いた際は、株式会社dotさんご協力によるGraphic Recordingという手法で、講演内容をその場で模造紙に「見える化」して頂きました(図1)。地域の方々も帰り際にカメラに収めることができ、聴講のみとは違った印象・記憶にて、地熱に関する理解を深めて頂けたものと思います。このような手法は今後色々な場面で役立つものと思われ、私も大変勉強になりました。
さて、2012年7月の固定価格買取制度(FIT)導入以降、約8年間で地熱発電に対するFIT総認定数は89件(約11.4万kW)、このうち72件(約7.8万kW)が設備導入・運開しました(2020年9月末時点、表1)[1]。一方、経産省以外の補助金を使用した場合にはFIT認定対象外となりますが、このような案件は5件あり、FIT認定分との合計77件(約7.9万kW)が新規に運開したことになります。
開発状況を地域ごとに見ると、FIT認定数は九州地域が多く、特に大分県が突出しています(表1)。これらの殆どが、既存温泉の余剰熱(源)を利用した小規模バイナリー地熱発電所(数十~数百kW)で、新規掘削が必要ない上に環境アセスメントの対象外でもあることから数年間で運開でき、数万kW級の大規模に比べ導入件数が増加しています。一方、東北地域は導入件数こそ少ないものの、FIT以前から開発中であった秋田県の山葵沢地熱発電所(46,199kW)や岩手県の八幡平地熱発電所(7,499kW)といった大規模発電所の運開により、設備容量合計は最も多い状況です。
現在、FIT導入前の既設運開分と合計した設備容量は、約54.2万kWとなっています。ただし、FIT導入以降の新規増加分は、蒸気減衰等の出力低下による減少分でほぼ帳消しとなっている状況にあります(図2)。国による長期エネルギー需給見通しとして「地熱発電は2030年に140〜155万kW(発電電力量で102-13億kWh)」という導入目標が掲げられていますが、過去から現在までの地熱発電の開発スピードを考えると、その達成は既に困難な状況にあると言えます。発電に必要となる地熱資源(熱、および蒸気や熱水)は地下深くに偏在しているため、持続可能な地熱発電事業としての開発可能性や規模については、実際に掘削調査をしてみないと判断できません。さらに、その開発プロセスにおいて、各種許認可手続き、地域関係者の同意、掘削失敗リスクや蒸気・熱不足リスク等、事業化までに時間もコストも必要とします。導入目標達成の困難さは、主にこれらの地熱資源開発の特性に起因しています。一方、地熱発電は、水力発電のように電力の安定供給が可能なベースロード電源であり、設備寿命も40年以上と長いため、電源のベストミックスの観点からは、地熱資源を有する我が国にとって(主要電源にはなり難く、普及拡大が難しいとはいえ)重要な電源の選択肢の一つと位置付けられています。従って、「焦らず、休まず(byゲーテ)」、実現可能な期間設定による目標を立て、着実に中長期的な開発を進められるような取り組みが必要と考えられます。
地熱資源は、発電だけでなく熱や熱水・温泉の直接利用など様々な用途に活用でき、温度変化に応じて段階的な利用(カスケード利用)が可能です。地熱発電事業の地域共生においては、地域に眠る地熱資源の有効活用という点から、発電だけでなく熱水活用も含め、地場産業との協働事業等、資源量と地域事情に見合った持続可能な事業について地域関係者と協議しながら検討していくことが重要となります。
経産省では、2013年から「地熱の有効利用等を通じた地域住民の地熱開発に対する理解促進により地域共生を図り、地熱資源の開発を促進すること」を目的とした理解促進事業を開始しました。補助対象は、温泉や温泉熱利用も含む地熱エネルギー全般の理解促進に資する勉強会や先進地視察といったソフト事業(冒頭にご紹介した勉強会での講演も本事業の一環)、および温泉熱や熱水活用を目的とした農業ハウス等のハード事業で、国の補助率は2016年度までは全額補助とされていました(表2)。2017年度以降、「地熱発電の導入を目的とした地熱資源開発、または今後の地熱資源開発を予定している地点において、実施する地熱資源開発への理解促進に資する事業に要する経費を補助し、これにより、地熱資源開発地点における周辺住民等の地熱資源開発に対する理解を促進し、もって地熱資源開発の推進に資すること」との目的に変更されるとともに、「ソフト事業については地熱発電計画の開発規模100kW以上」と発電事業規模に関する申請条件の追加により、温泉熱利用のみの事業は対象として認められなくなりました。一方、ハード事業に関しては、「開発規模100~5,000kW未満の補助率は1/2、開発規模5,000kW以上の補助率は2/3」に変更されました。更に2019年度からは、対象事業がソフト事業のみとなり、そのための地熱発電計画の開発規模は1,000kW以上に変更されました。
このような補助率の変更や対象事業範囲の縮減および開発事業の大規模化にともない、申請を希望する事業者数の減少傾向が見られています。地域共生を円滑に進めるためには、地方自治体や地域の温泉事業者の開発ニーズの把握が重要ですが、以上の傾向を見る限り、小規模地熱発電や熱利用のニーズが高いことがうかがわれます。1章で紹介した小規模バイナリー地熱発電所の開発が各地で進んだ理由は、FIT収益の魅力に加え、経産省補助事業利用により地域のニーズに合致した規模での開発が可能であったことや、地熱利用に対する理解促進の効果もあったと考えられます。
温泉や温泉熱を活用した小規模地熱発電を含む温泉の利活用に関する補助事業は、現在、環境省の管轄となり、引き続き国の支援対象となっています。ただし、コロナ禍で観光事業経営が厳しい地域関係者にとって、初期投資のかかる新規事業に着手するのは容易ではなく、環境省補助金も全額補助ではないため、補助制度が与えるインセンティブは当面期待し難い状況にあると思われます。なお、環境省では、温泉や温泉熱の有効活用に関するガイドラインや分析ツールを公開しており(図3)[2]、地熱発電所立地の有無に限らず、既存の温泉資源の有効活用や持続可能な事業化、省エネも積極的に推進しているところです。
地熱発電と同様に安定した発電が可能な再生可能エネルギーである水力発電に関しては、国際エネルギー機関(International Energy Agency: IEA)の水力実施協定が、地域社会における経済的・社会的持続可能性に関する好事例を体系的にまとめた「持続可能な小規模水力発電計画のガイド」を作成しています [3]。同ガイドは、小水力開発の円滑な推進に資するため、事業の「経済的持続可能性」と「社会的持続可能性」に着目し、世界10ヵ国23プロジェクト(2012~2016年、延べ約290件)の小水力発電を事例調査したものであり、検討対象プロジェクトの持続可能性の検証や改善を検討する際の参考情報としての活用が可能です。「経済的持続可能性」に関して「初期投資の回収」、「維持管理費の確保/適正な利潤の確保」の視点で、「社会的持続可能性」に関して「地域への経済的便益」、「地域環境への貢献」、「地域社会への貢献」の視点で、取り組み内容や持続可能性が評価されています。経済的便益に関しては、地方自治体の税収や交付金収入、雇用創出、地域産業振興、地域間の人的交流の拡大による経済的効果、プロジェクト利益の地域社会との共有、の5項目を指標として、社会的便益に関しては、地域インフラの整備、自然環境・生態系の保全、歴史・文化の保全、地域間の人的交流の拡大による地域社会の活性化、教育・訓練・人材育成、地域資 源の開発、国・地域の政策への貢献、の7項目を指標として評価が行われました。好事例の成功理由の共通要因としては「地域貢献に対する事業者の明確なビジョン」、「プロジェクトに対する地域の強いニーズ」、「事業者のリーダーシップ」、「パートナーシップの活用」、「地域住民とのコミュニケーション」、「国等の政策による支援」が挙げられています。
これらは、地熱発電の地域共生においても重要な成功要件となると考えられます。地熱発電においては、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が、地熱資源を有効活用し農林水産業や観光などの産業振興に積極的に取り組む地方自治体を、地熱モデル地区として選定・サポートする「地熱モデル地区PROJECT」を展開しています。現在、北海道茅部郡森町、岩手県八幡平市、秋田県湯沢市の3市町村が認定され、専用ウェブサイトの開設により各地域のPR活動が実施されています(図4)[4]。同プロジェクトは、認定された地方公共団体のニーズに応じた支援メニューを提供するとともに、他の自治体等がお手本として活用できる情報を広く発信しています。地熱発電の場合、地上の自然環境や地域社会との共生だけでなく、地下の温泉資源や温泉事業との共生に特に留意が必要となります。時間がかかると思いますが、地熱発電でもこのような好事例が増えていくことを期待したいと思います。なお、これまで地熱発電開発に対して、慎重な立場を取っていた(一社)日本温泉協会は、2018年度総会から「秩序ある地熱発電開発で温泉を守ろう」との声のもと、「みんなの温泉、地熱」として保護、活用していくためにも地熱関係者と温泉関係者の双方が歩み寄り、対話を進めていくことが重要であるとの認識を表明しています[5]。
地域社会との共生や理解促進については全国一律の施策が難しく、関係する担当者の個別具体的な人海戦術が重要な役割を果たして
いる状況のため、地域対応に係る国や事業者の要員および人件費に関する施策が必要と思われます。また、国や自治体は数年毎に担当
者が異動になってしまい、人的交流や担当者の情報蓄積がその度にリセットされてしまいます。地熱発電開発は長期間を要するため、
担当者の円滑かつ効率的な引継ぎにより、地域との信頼醸成を継続していく必要があると考えます。
参考文献
©2021 電力中央研究所